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10年日記誕生物語


石原貫一郎

日本全国で長年ご愛用いただいております「石原10年日記」などの日記・手帳、これらを生み出したのは、弊社創業者の石原貫一郎(いしはらかんいちろう)です。

貫一郎は商売人である以上に発明家でした。生涯でいくつもの発明をしましたが、「石原10年日記」はその中でも最高の発明と言っていいのではないでしょうか。10年日記がどうやって誕生したのか、貫一郎の生い立ちとともにご紹介いたしましょう。

石原貫一郎は1917年(大正6年)、ロシア革命の起こった年に、宮崎県都城市に生まれました。

自然に囲まれやんちゃな少年時代を過ごし、やがて旧制都城中学校を卒業した貫一郎は、就職のため大阪へ向かいます。しかし折り悪しく不景気のどん底で、なかなか職がみつかりません。貫一郎は「私は給料は頂きません。一生懸命働きます!」と言い、なんとか町工場の職を得ることができました。

それから昼は工場で働き、夜は遅くまで関西学院大学の通信教育で勉強するという忙しい日々が始まります。貫一郎はこの頃に、職人にしごかれながらモノづくりの精神を培っていたようです。

1938年、21歳で招集を受け出征しますが、所属部隊がノモンハンへ出動する前日に入院することとなり、結果として死を免れます。その2年後、2度目の招集の際にも、以前の病歴診断書から、激戦続くブーゲンビル島への出動を免れることとなりました。

終戦を迎えたのは、貫一郎28歳の時です。戦争を経験し、2度の命拾いをした貫一郎はそれから終生、生と死を見つめながら生きていきます。

10年日記誕生物語

郷里での印刷業や黒煉瓦の製造販売を経て、結婚し子をもうけた貫一郎は、一念発起し鹿児島市へと居を移します。鹿児島のシンボル桜島を眺めながらひらめいたのが、デパートの屋上に観光用の望遠鏡を設置することでした(のちに城山展望台に移設)。当時はまだ桜島登山が出来た頃で、「登る人が見える」と大当たり。

10年日記誕生物語2

つぎにオートシネラマ器という子供向けの遊具の製作・販売に取り掛かります。全国の百貨店に設置して、これも大当たりしました。勢いに乗った貫一郎が、西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)前に「日本料理石原荘」を創業したのは45歳のときです。続けて妙見温泉には「妙見石原荘」を開業しました。

10年日記誕生物語3

さまざまな事業を成功させた貫一郎が、つぎに手掛けたのが「石原10年日記」です。

若いころから自分でも日記を書き続けていた貫一郎ですが、従来の日記帳にはいろいろな不満を感じていました。貫一郎は思い立ちます。使いやすい日記帳がないのなら、自分で作ってしまおう。そこから研究の日々が始まりました。いろいろな日記の良いところや悪いところを分析し、あるいは人に尋ねて回りました。その中で気になったのは、日記を途中で止めてしまう人が案外に多かったことです。ならば、と貫一郎は考えました。わたしはみなが書き続けられる日記帳を作ろう。日記がさまざまに役立つことを身をもって知っていた貫一郎だからこそ、日記を書き続けてほしいと願ったのです。研究に没頭しすぎて失神した逸話を持つほど凝り性の貫一郎が、何年もの苦労の末に「石原10年日記」を完成させたのは、昭和44年のことでした。

「1日4行」「10年を1ページに」といった石原10年日記の基本は、書き続けられる日記を作るために、貫一郎が考えに考え抜いた末の結論です。1日4行なら簡単に書けますし、1ページに何年分も並べられるという一石二鳥の発想でした。10年を一覧できるのは便利で、また書けば書くほど楽しくなるに違いありません。あとで検索しやすいようにと、特記事項が書き込めるのもこのときからのアイディアです。最初は10年ごとに発行していた10年日記ですが、ご愛用者が増えるにつれ、ご要望にお応えして毎年発行するようになりました。フォーマットを改良し便利な記録ページを付け加えたりと、少しずつ着実に進化を重ねて現在へと至ります。2013年には、発刊から44年を経て発行累計140万部へと到達することができました。

24時間時計

貫一郎はその後、姉妹品として8年誌(*1)・5年ダイアリー・5年帳などを生み出すと同時に、24時間時計などのいろいろな発明品を世に送り出しました。戦争を通じて世界平和に目覚めた貫一郎が、日記や時計など時に関わる製品を生み出したのは、時について考えることから「生の大切さ」を感じ取ってほしいという願いだったのでしょう。

晩年の貫一郎は世界共通語を普及させる活動に尽力します。言葉の違いがなくなれば、きっと世界は平和になるという信念をもち精力的に活動しましたが、体力の衰えにはさからえず、2013年、96歳でこの世を去りました。

貫一郎の想いを伝える石原の日記・手帳、これからもみなさまのお役に立てますよう、私たちが作り続けてまいります。

*1…「石原8年誌」は2010年をもちまして廃刊となっております